静かな森(出張編)
島国日本には1万4千を超える島があるそうです。その中でも小笠原諸島は、島が生まれてから一度も大陸とつながったことがない『海洋島』であるという、他の島々とは異なる特徴があります。島の成り立ちは、そこに住む生物相に大きな影響を与えました。つまり、ここには島が生まれてから約5000万年の間、陸地を移動してやってきた生き物はおらず、人に運ばれた生き物を除けば、海流を漂って、風に乗って、あるいは鳥に運ばれてやってきたものしかいないということです。偶然にたどり着いた生き物たちがたどる道は、島に適応することができなかったものは姿を消し、島に安住の地を見つけたかもしくは進化できたものが、現在の生物相を形作っているということになります。これが、生息する生物のうち昆虫類では約30%、植物では約40%、そして陸産貝類では94%が固有種と言う、“東洋のガラパゴス”と呼ばれるにふさわしい特異な生物相をもつに至った理由です。
他では見られない生き物が沢山いるなんて、小笠原は生き物の楽園だ!とずっと思っていました。ですが、島に着いて、現地のガイドさんからまず聞いた言葉は「小笠原の陸に住む生き物は種類が少なく、森の中などを歩いても、生き物の気配が少なくてとても静かなんですよ」というものでした。
実際、その通りでした。足元ではムニンシラガゴケが倒木を覆い、頭上ではマルハチが羽状の葉を放射線状に広げ、ジュラシックパークに迷い込んだような感覚をもつほどうっそうとした森の中を歩いても、そこには鳥の声さえも聞こえてこない静けさが、当然のように広がっていました。時折、ハシナガウグイスの声が聞こえてくるものの、その声がとても小さいのです。北海道では、初夏に山に入ると、喉がつぶれてしまうのではないかとこちらが心配になるほど、彼らは大声で鳴き続けます。ウグイスの仲間に対して「何とつつましい・・・」と感じる日が来るとはちょっと驚きでした。
私自身が、実際に訪れる前に描いていた小笠原の生き物のイメージには、数字のマジックが多分に含まれていたのでしょう。小笠原の特徴を説明するためによく使われている固有種割合の数字からは、母数の情報を読み取ることはできないからです。小笠原で確認されている植物種や約440種、昆虫類は約1,000種、陸鳥は15種、爬虫類は2種、両生類はゼロ、陸産貝類は106種、そして哺乳類は1種(ヒトを除く)、日本国内全体に生息している種数は、例えば植物は約33,000種、昆虫は30,000種、両生類は60種などと言われていますから、島に生息する生き物の種数は随分と少ないことが分かります。これが、ここの特徴のひとつでもあるのです。
ですが、生き物の絶対数が少ないということは、この地の価値を下げるものでは決してありません。本州から1000キロも離れた島にどうやってたどり着き、この島の気候や資源に合わせて生き物がどんな進化を遂げたのか、その謎を解くのは、科学としても、物語としても、想像するだけでわくわくするような世界だからです。そしてそれは、私たちの住む北海道という地にも、多くの固有種がいるということへの理解を、きっと深めてくれるのではないかと感じています。
さて、私が島で見た生き物たちの写真の整理はまだ完了していませんが、今のところ種名を確認できた25種類の内、固有種は18種でした。十勝での生活ではそう気に留めることもない身近なヒヨドリでさえ、ここでは固有種の仲間です。彼ら(オガサワラヒヨドリ)はとってもシャイで、森の中でもなかなか姿を見せてくれませんでした。帰りのおがさわら丸乗船まで2時間を切った頃、やっとシャッターを押すことができました。
